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ヤガ類被害抑制技術の現状と防除効果に関する多角的検討

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1. 緒言(はじめに)

農業生産における難防除害虫の代表格であるヤガ類(Noctuidae)、特にオオタバコガ、ハスモンヨトウ、シロイチモジヨトウなどは、野菜・花き・果樹を含む極めて広範な農作物を加害する多犯性害虫である。
これらの害虫は多くの化学合成農薬に対して薬剤抵抗性を獲得しており、従来の薬剤散布による密度抑制が極めて困難となっている。

さらに、幼虫が花蕾や茎、果実内部に潜り込む習性を持つため、薬剤が直接届きにくい点も防除を難しくする要因である。

このような背景から、化学的防除に依存しない物理的防除技術の確立が急務となっており、近年では光や超音波を利用した行動制御技術が注目されている。本稿では、ヤガ類被害を抑制するための先進的防除技術とその効果について、最新の研究知見をもとに整理・検討する。


2. 人工光源を利用した物理的防除技術

2.1 黄色光による行動抑制のメカニズム

ヤガ類に対する夜間照明、とりわけ黄色域(約580nm)の光照射は、成虫の圃場への飛来を抑制し、産卵を阻害することで次世代幼虫密度を低下させる効果がある。

黄色光が用いられる理由として、

  • 昆虫に対する誘引性が極めて低い
  • 複眼の明適応を短時間で引き起こし、行動抑制が可能

といった特性が挙げられる。


2.2 LEDパルス光による開花遅延の回避

従来の黄色蛍光灯は高い防除効果を示す一方、秋ギクなどの質的短日植物では、開花遅延や切り花品質低下を引き起こす問題があった。

これに対し、応答速度に優れるLEDを用いた**黄色パルス光(点滅照射)**が開発された。
研究では、**デューティー比(Duty比)**を調整することで、防除効果を維持しつつ植物への生理的影響を回避できることが示されている。

具体的には、Duty比20%(例:明期20ms/暗期80ms、または明期100ms/暗期400ms)での照射により、

  • キクの開花遅延を最小限に抑制
  • 無照明区比で食害茎率を約4分の1に低減

する効果が確認されている。


2.3 照射方向と空間的照度の影響

露地アスパラガスを用いた研究では、光の照射方向が防除効果に及ぼす影響が検討された。
従来主流であった作物に向けた「下向き照射」に加え、

  • 圃場外周から外へ向けた「外向き照射」
  • 上方への「上向き照射」

でも、同等以上の被害低減効果が得られることが確認されている。

これは、ヤガ類成虫が圃場へ侵入する際に光源を視認することで飛来が抑制されるためと考えられる。また、防蛾に有効とされる最低照度1lxを常時確保できない条件下でも、空間的な照度分布があれば防除効果が得られる可能性が示唆されている。


2.4 特定品目における光質選択の重要性

イチゴ栽培では、黄色蛍光灯の照射が花芽分化を抑制し、収穫遅延を招く事例が報告されている。この場合、緑色蛍光灯を利用することで、水平照度9lx以内であれば生育や花芽分化に悪影響を及ぼさずに防除が可能であるとされている。


3. 合成超音波を利用した防除技術

3.1 蛾とコウモリの進化的関係を利用した手法

チョウ目昆虫は、主要天敵である食虫性コウモリが発する超音波(エコーロケーション)を検知し、不動化や墜落といった忌避行動を示すよう進化してきた。

この行動特性を利用し、人工的に合成した超音波を照射することで、ヤガ類の飛来や産卵を抑制する技術が開発されている。


3.2 防除効果の検証事例

イチゴ施設栽培におけるハスモンヨトウ試験では、合成超音波パルス装置の設置により、無処理区と比較して卵塊数を95%以上削減する効果が確認された。

また、モモ園における吸汁性害虫(エグリバ類等)を対象とした試験でも、被害果率の大幅な低減が報告されている。
この技術は、電照による生育障害が懸念される作物(キク、ホウレンソウ等)に隣接する圃場において、光防除の代替手段として有望である。


4. 総合的病害虫管理(IPM)における位置づけ

物理的防除技術は単独でも効果を示すが、殺虫剤との組み合わせによる**IPM(総合的病害虫管理)**として導入することで、安定した防除効果と減農薬の両立が可能となる。

  • 露地ナス:黄色LEDや超音波導入により、薬剤散布回数を約6割に削減しつつ、被害果率を慣行栽培並み(約5%)に維持
  • ネギ:黄色LED防蛾灯の導入により、薬剤依存型防除からの脱却が可能。兵庫県の実証では最低照度1lx以上で被害を大幅に抑制

5. 経済的評価と普及上の課題

5.1 経済性の評価

  • レタスの実証試験では、黄色LED導入により虫害ロスが減少し、無防除区比で収量が16%向上
  • 薬剤費削減と収量増によって、導入コストの相殺が可能とされる

5.2 普及に向けた留意点

  • 10aあたりのLED設置費用:約18.7万円(ソーラーパネル運用時)
  • 台風・豪雨による漏電や破損対策
  • 周辺の光感受性作物への光害配慮

6. 結言(まとめ)

ヤガ類防除技術は、従来の黄色連続光からLEDパルス光、さらには合成超音波へと高度化している。これらの物理的防除技術は、薬剤抵抗性害虫管理において不可欠なツールとなりつつある。

今後は、圃場規模に応じた最適設置基準の明確化や、作業者への視覚刺激軽減など、さらなる実用性向上が期待される。

参考文献

1. 石倉聡 (2014) 「切り花ギクに利用可能な黄色LEDパルス光を用いた害虫防除技術の開発」 広島県立総合技術研究所農業技術センター研究報告 第90号 p.1-88.

2. 石倉聡・星野滋・杉本仁志 (2015) 「LEDランプを用いた電灯照明によるヤガ類の防除技術」 植物環境工学 27(4):195-203.

3. 中野亮 (2019) 「チョウ目害虫の超音波を介したコミュニケーションと防除技術」 農業・食品産業技術総合研究機構.

4. 兵庫県農林水産部 (2023) 「黄色LED防蛾灯による小面積防除技術マニュアル」.

5. 茨城県農業総合センター (2024) 「露地ナスにおける黄色LEDや超音波を利用したヤガ類の総合防除法」.

6. 野村健一・佐土根範次 (1970) 「電灯照明による吸蛾類の防除 IV. 大型回転灯の効果について」 千葉大学園芸学部学術報告 第18号 p.33-38.

7. 福岡県農業試験場 (2005) 「防蛾灯の緑色蛍光灯がイチゴ‘あまおう’の花芽分化に及ぼす影響」.

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